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20030208 Sat
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■本日の食事 朝:トースト1、コーヒー1 昼@あい:焼きそば、たこ焼き 夕:いなり寿司、ブロッコリーのおひたし、しじみ汁 |
つうて、サックまんこネタってないんでつが、いきなりGoogleにかかっている。ひゃひゃひゃ、サックまんこぉ〜〜!って、をひ(-_-;)
だいたいでつなぁ、サックまんこってのは、ここはチューしとかなアカンだろって状況ででつな、「いやいや、そんなのじゃないの」って逃げときながら、ちゃっかりメシだけは食いやがってでつな、こっちの頭の中はサックまんこの形相しかないつうのにでつ。だいたいでつ、サックまんこな顔してでつね、「あれはエロくさいからきっとご馳走さまできまつよ」ってから、餌もまいたのに、くぅー、まったく。
乗りかかった船です。《本日のサックまんこ》なんてシリーズでも始めましょか。
ちなみに《サックまんこ》は雀毒(Jan-doku)さんの(c)でありまつ。きゃは、逃げうってら(^_^ゞ
(ほりゃ続き歌えよ、うをりゃぁ〜)
「何も言わないで、去っていくんですか」と言われて、なんて言えばいいのさ。「そうさ、所詮、オレはキミには似合ってなかったんだよ」とでも答えればいいんですか。あ、否定しなかったね、そうだよ、オレはやっぱり勝手気ままに生きていくしかないんだよ。キミだって好きなように生きていけばいい。なんだよ、これっきりじゃないんだから、そんな顔すんなよ。
とでも誤魔化しといたろ。
24日は《レコ発ワンマンライブ『アカシャ年代記 第一章』》ですよぉ〜、そして日曜じゃなくて金曜ですよぉ〜って、きょうちんどん屋松太郎とあかりさん3番ボックスへに話してなかったら、間違えて日曜に行くところだった。
25日(土)の会話:「か、かいちょ、あんたきのう何しとったん?」「き、きのうってあしたちゃうんか」「たのんまっせ、おっさん」「わし、ごはん食べましたかいな?」
人は見かけで判断しちゃいけないとφ(◎。◎‐) いや、誰がこの写真の人はどう見ても中村漁協のおっちゃんでしょう。うちの港にあがる魚はうめぇ〜ぞぉって。思わず本人目の前にして、「見かけによらずめっちゃポップ」と言うてしまいました。見かけによらずと言えば、中村さんの後ろにこれまた「見かけによらずめっさ優しい」写真を撮る兒嶌さんが。いやいや、見かけによらない両横綱のそろい踏みですやんか。
はい、すいません、去年の《Reverberation−残響−》も見逃してるし、06年ナダールでの《mega》も見てません。中村さんの作品をまともに見るのは初めてみたいなもんです。4×5で撮ってロールで焼く......ぅ〜〜ん、それだけで〜〜〜〜〜〜〜(;_ _)O パタ...ハッタリじゃなしに、どこまでマジメにやっているかじゃないですか。どこぞのバァタレに爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいぞ。
ちゅうかね、1週間前に「なぜ腐肉」かと話してたのですが、その腐肉には非常に詩的な意味合いもあるのですが、そうそう、屠殺がどうとかこうとかで、とにかく殺したらちゃんと食ってやらないといかんということになって、それが今どう関係するかというと、この中村さんが撮った魚たち、どいつもこのあと中村さんが食ってやった、あるいは食ったあとだと言う。唯一、下の写真で右側のハゲだけは撮影に手間取ったためにあったまってしまって食えなくなったらしい。このような素材を撮られてしまうと、それを見せられた者はとても困るのですよ。いや、すごかった。カマウっさんが「伝説」というだけある。
中村浩之写真展『 mega 【R】』
2009/2/8(日) 〜 2/14(土) 12:00〜19:00 11(水)は定休日
Gallery☆Limelight☆(大阪/帝塚山)
ボクと同期の人間は、っていうと、定年まであと3年なのですね。あと1年、2年ってなら、もうちょっとだけでも頑張ってみようかと思うのですが、この3年と言うのは微妙に長い。かくいうボクは5年残してさっさとケツ割ってやりましたが。一般的にはあと5年も残しては早すぎるだろう、もったいないと言われたわけです。事実、しんどいですが、ふ〜、早く、年金ほしい。
なんで急にこんな話かというと、きょう陣中見舞いに来てくれたYさんが「この3月で辞める」と。つくづく悪い時代になったなぁと思うのです。うん、辞めたほうがいい。経済的な問題じゃなく、こんな時代には自分本位で生きないといけないとボクは大賛成します。がんばって!!!
鰻谷サンスイの上映イベント。それに合わせて、写真を3点出展。
《サンパウロ》のことはおいといて、最近手に入れた『森山大道論』をきのうの晩に読んでいたのだが、渚ゆうこが書いているところで、「新宿を撮る」のでなくて「新宿で撮る」のだと。ふむふむ、そうそう、と何度も首肯してたもんだから、それが「サンパウロで撮る」と置き換えて見ていると、ますますそうだと思える。
それとタンゴのブエノスアイレスとサンバのサンパウロを比較すると、どちらが湿っているかというと、そりゃ、ブエノスアイレスで、大道は何てったっけ、要するにセンチメンタルに流れようとするのをいかにふっきっていくかという意味でサンパウロの乾いた空気のほうが自分に合っているという。うん、そのことは、つい最近、まゆがミクシに書いていたばななの『感情を入れずにものを見ること。風景や人や出来事を心の動きと切り離して観察することです』 、そしてまた『なぜ植物図鑑か』に通じて行くの。とは言うものの、それを大道が完璧にできるかというとまったくそうでないのが、やっぱりボクにとっても原点なのだと確信。