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20020507 Tue
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■本日の食事 朝:トースト2、ミルクコーヒー1 昼@なか卯:牛丼、ざるうどん 夕@樹:冷やし中華大盛り |
2日午後7時40分ごろ、大阪市天王寺区玉造本町、仙野ビル2階の201号室から出火、約50平方メートルのうち約10平方メートルを焼き、男性の遺体が見つかった。ボクが寺山映画祭に『サード』を見に行ったのは1日のこと。あまりの符牒に唖然。合掌。。。
201号室には、映画「サード」などを製作した元プロデューサー前田勝弘さんが住んでいたことから、天王寺署は前田さんが死亡したとみて確認を急いでいる。
前田さんは映画製作の独立プロダクション「幻燈社」の元プロデューサーで、東陽一監督の「サード」(1978年)のほか、作家五木寛之氏原作で、東監督の「四季・奈津子」(80年)などの話題作を製作した。
数年前に脳梗塞(こうそく)で倒れ、親しい知人らが共同で介護していたという。共同通信 5/3
■本日の食事 朝:トースト1、コーヒー1 昼@いも膳:天ぷら、ひじき+高野豆腐 夕:粕漬け鮭、イカとセロリのうま煮 |
さらにボケてるから何か書くことがあったはずやと思いながら忘れてんの。だからいま書く。
あのですね、往復はがき来ますでしょ。それに返信書いて差し出すときには、真ん中で切って返信のほうだけ出すのは常識ですね。サルでも知ってるわい。はい、もうわかったでしょ。そのまま出してしまったの。この場合、どうなるんでしょか。いちおう往信のほうには消印がべっと押されてるわけでしょ。
1 ちゃんと返信の宛先に、こんなバカもんがおりますが、と届けてくれる
2 往信の差出人、つまり返信の受取人のところに、「あんた、消印押されてんのポストに入れたらアカンやろ」と突き返す。
3 「もしもしぃ、郵便料金、足りまへんなぁ、80円払うてもらおか」と往信の宛先、つまりボクのところに持ってきよる
大ボケ張本人としては3以外が正解となることを祈る。ちなみにそれは同窓会の出欠連絡で締め切りは4月20日でした。で、同窓会はいつどこであるの。ここ見たら教えて>関係者
こういうニュースは朝日に限る(笑)
もうアホくさぁてアホくさぁて、いちおう所得がないことになっている学生にまで、20歳になったら、「年金払え!」と強要してくるゆすりたかり集団。
立派な父親は「踏み倒せ!」と指示したのは大正解でしたな。
あんなもん払わんで済ませられるのなら踏み倒すに限る。己の老後は己で守れ。
このようなチンカスどもを大量に指名したアンタ、アンタが腹割ってしかるべきだと
こういうネタも朝日のお得意(笑)
はっきり言うて戦争なんやからね、人間なんて殺すか殺されるかという環境におかれれば狂気に走って当たり前。
人道支援なんて声高に叫ぶやつがもっとも非人道的なのよ。けっ。
というわけで早速ゲロゲロさだまさしを出品。あの言葉の使いようにはほんと吐き気を催す。
http://a.hatena.ne.jp/maggot/
■本日の食事 朝:トースト1、コーヒー2 昼@(松ノ浜):ひとくちカツ定食 夕:焼きソバ |
■本日の買い物 @ブクオフ:村上龍『五分後の世界』、村上龍『ヒュウガ・ウイルス』、山田詠美『ひざまずいて足をお舐め』、宮本輝『避暑地の猫』 |
いちいちこんなんですわというのもアホくさくなる。
《延べ185人、事故発生後にゴルフや旅行》
マスコミにつつかれて公表すればいいってもんじゃない。自ら公表することで贖罪になるとでも思ってるのか。これじゃ、教師にどやされて、こんなこともしてましたという中学生と同じじゃないか。
日勤教育だなどと管理を強化していく反面で、肝心のときにまったく管理できない。はっきりいって見かけだけの管理に終始していることを露呈している。ここではっきり言っておく。
これはJR西だけに限ったことではない!
JR西をたたけば済む問題じゃないのだ。あっちにもこっちにもそっちにも同じことが鬱積しているのだ!
■本日の食事 朝:トースト1 昼@クルマの中:コンビニおにぎり、サンド(情けな〜) 夕:鶏のパスタ、サラダ |
どういうわけか磁場が神戸近辺にあるらしく、あ。お嬢様とのデートも、でやーっと湾岸走って神戸を走り抜けた。ところが問題は雨な。走って行ったはいいけど、ロケーションにアテがあるわけでなく、行けばなんとかなるだろうとの、いつもの行き当たりばったり。
とりあえずランチと、入ったところが貸切り。仕方なく雨の中をとぼとぼと走ってたら、ちょうど海の見えるレストランバー。若いお嬢様と一緒だと、ついこういう選択をしてしまうのが運の尽き。どしゃ降りの中、駐車場にクルマ入れようとしたら、はっと気がつけば右ドアのすぐ横に柱がぁぁ〜〜^_^; 詳しく書くとまたテンションが下るのでやめとこ。ぎたぎただよ。そうして、そんなにまでして入った海の見えるレストランバーのランチのクソ不味いのなんの。豚のエサかってなくらいだぜ。もうテンション、だぁだぁに下り切ってしまいましたよ。回復不能。火ぃつけたろか。
結局ね、最初っからこういうテンションで突っ走っときゃよかったのよ。ガラにも合わんロケーションを求めるから。な、和田岬のほうにくれば雨も小やみになるだろ。そうそう、あの舞子のあたり、恋人岬とかチンケなネーミングしとったなぁ、けっ。痰、ペッペッ。雨がジャンジャン降りだったのは、止めとけのシグナルだったのね。
ところが、やっとイーシャンテンあたりまで持ち直してきたところに、携帯から「必殺仕事人」が流れる。オカンな。こういうときに、って、お嬢様とデートしてるときっていうわけじゃなくて、ありえないような時間にオカンから携帯かかってくるなんて、イヤな予感がするのよ。あわてて出たら切れてしまうし。やっとのことでかけなおしたら、オヤジが今にもアカンような口ぶり。お嬢様とデート中だから、などとは言えないっしょ。阪神高速、ぶいぶいで病院に駆けつけてみたら、何のことはない、ちょっと熱が続くので、点滴を再開しただけ。すっかりゴルフ焼けした当直の医者から説明してもらって、ホッと胸をなでおろす。ほんま、しゃ〜〜ない親だわ。
昔、熊井啓の嫁さんの熊井明子が書いた本を読んでて、何匹も何匹も飼い猫が死んで行く。いたたまれなくなって「この人、猫殺しちゃうか」などと読むの止めてしまったことがある。先月エミリが死んだところなのに、こういうのって続くんだよね…
バタ子は神戸の六甲道の瓦礫の中から拾ってきた。まる12年。人間に換算したら80歳弱。はじめ黒猫をもって帰ろうと思ったのに、どうしても黒猫を捕まえられないで、そうしたらバタ子が背中に乗ってきたので、しゃあないか、これも縁かなと思いながら、デイパックに詰め込んでバイクで走り出した。東灘を過ぎて芦屋まで来たら、デイパックの中でもぞもぞ上に這い上がって、頭でチャックをこじ開けて、にゃあにゃあ鳴く。背中には乗ってはみたけれどどこに連れ去られるのか不安だったのかもしれない。道端に座って、しばらくなだめすかしてたのだった。震災が落ち着いてから、バタ子の元の飼い主のところ(まだ公園でバラック建)に、こんな立派になったよって写真持ってってやったのだが、ちょうどお留守で、写真だけおいて、それっきりになってしまった。
お弁当のネタが好きで、よく唐揚げや玉子焼きを盗んで逃げた。一度、遅く帰ってきたとき、小腹が空いたとローソンで唐揚げ君レッドを買って帰ったところ、そばに寄ってきてうるさいのでちょっとだけやったら、ニャンニャン喜んで食べたはいいものの、少し経ったら口の中が火事になったようで、手で必死に舌をなぞって辛いのを掻き出していた。それでも唐揚げはずっと好きだったな、全く懲りとらん^_^;
ここ数年はバタ子=バーちゃんが、名前通りのお婆ちゃんになって、目も悪くなってたし、鼻もくしゅくしゅくしゃみだらけで、それも人がご飯食べてるとこにやってきて、鼻水を飛ばすので、ほんとイケてない猫になってしまってた。夜はBの胸の上で寝て、Bはよくしんどくて寝れない。ほんとイケてないよってこぼしてた。
こんなふうにボク自身が拾ってきた猫だったので、やっぱり愛着みたいなのあるのかもしれない。GWにちょうどとんとんが帰ってきたころに、ほとんど食べなくなって、無理やり口にご飯を突っ込んでやったら、少しだけ元気になって、まぐろの刺身とか、森永の焼きプリンとかもボクのをとって食べてたのになぁ。おとといあたりからまた食べなくなって、きのうも朝に奮発して焼きプリンを2つも買ってやったのに、全然食べようとしないで、牛乳を舐めようとするんだけれど、ほとんど力がなくて、やっぱりもうダメかなあと思って出て行った。夜遅くに帰ってきたら、あーちゃんの部屋の押し入れの中で静かに冷たくなってた。
やまだ紫さん(やまだ・むらさき=漫画家、京都精華大教授、本名白取三津子=しらとり・みつこ)5日午前4時16分、京都市左京区の病院で死去、60歳。東京都出身。
69年、「COM」誌上でデビュー。「ガロ」などで作品を発表した。代表作は「性悪猫」「しんきらり」など。
あさって5/9からの「猫ふん@」に「性悪猫」おいとこう。合掌
『詩写真(仮)』は、宣伝もほとんどしなかったのに思いのほか多くの方にみていただけてありがとうございました。
詩と写真のコラボというのはけっこうあるっちゃあるんだけど、それは言ってはいけないことかもしれないのですが、歯が浮くような詩がつけられていたりでぶちこわしのパターンばかりのような気がします。著名なあの方でもね、あんなに力のある写真を撮りながら、自らのことばでさらに何を語りたいんだいって、ある種のレトリックに酔ってしまって...あ、そういうのはどうでもよくて、とにかく今回は高田さんの詩、ことばだったからこそ、できたと確信しています。ありがとうね。きのう雨の中を二人でチャリで走りながら、まさか45年も経ってこういう場をもてるとは夢にも思わなかった、としみじみ感じてました。自分でいうのもアレだけど、ある意味、二人ともくそマジメなんだろうね。お互い、だいぶ損もしてるけどw
ボクも写真だけじゃなくて、何か書こうかなぁ。
さて、『詩写真(仮)』の展示は宣伝しなかったけど、出版くらいは宣伝しとこ。展示をベースに、入替えたりもして、8月くらいには出版することになりました。出版記念パーティーやろか?w 買ってください。スポンサーになってください(爆)