こないだから再三欲情を催していた中上健次の『鳳仙花』を読みきる。オクトが宮本輝の『幻の光』を読み終えたばかりで、「小説家ってすごいなぁ」と話す。詳しくは、まご日記のネタにおいとこ。どうも、こっちで書いてしまっては、まご日記のネタ切れ現象になってイカン
1週間ほど前にこのうらまごにも書いたけど、3/3は加太(和歌山)の淡島神社で雛流しがある。流される前に居並んだ人形を写そうと急に思い立って走る。くわしくはきょうのまご日記。
『鳳仙花』のせいなのか、せつなくてどうもいかん。日が暮れてしまった加太でふとこのまま新宮まで走ることも可能だななんてたわごとまで。はていつでしたかいな(-.-;)、自分で撒き散らした地雷原を走ってるわけで、しかもとっぷり夜。ますますいかんわ。
今回アメリカでBSEが出たのに、そのアメリカの牛肉を使っている吉野屋の牛丼の在庫がきれいに捌けたのはどういうわけなのだ。BSE報道があった瞬間から誰も食べなくなるのが普通ではないか。どうして命がけで牛丼を食べたいのだろう。マスコミも牛丼のことばかり報道していた。在庫をだぶつかせないための吉野屋の陰謀ではないのか。
このことについてはボクもおおいにおかしいとにらんでいる。BSE報道のあとに、吉野家の対抗=なか卯の上層部の人間が「これはクリスマスプレゼントだ」と言っていた。つまり牛丼270円などというデフレ価格であったこと自体異常なのだ。どの牛丼屋も正常な価格に戻したいと願っていた。そのときにアメリカのBSEはなか卯ならずとも、まず元凶となった吉野家にとっても「クリスマスプレゼント」であったのだ。問題は在庫の処分。これにも《吉野屋の陰謀》があったとしてもおかしくない。 陰謀うんぬんはおいといても、あの程度の牛丼に狂乱している連中がいる限り、吉野家はほくそ笑んでいられるのだ。いや、そのような人間を育成できたこと、そのことこそ、吉野家の陰謀だったのではないのか。