朝、起きると、ボソっと「マイケル・ジャクソン死んだって」とキャサリン。あわてて、ネットで開いたら。Motchanも「マイケル・ジャクソンが呼吸停止だってよ! 」と書いている。ほんまかいなと、なかば信じられない。そしたら、CNNでいまやっているとの書き込みとか入ってきて、キャサリンはCNNにかじりつき。とりあえずBillie Jeanで追悼。
とくに岩下志麻ずいてるわけではなくて、まぁ流れというか、気分ですw で、この映画はべつに岩下志麻で引っ張ってるってわけじゃなくて、いちおう出てます程度(-_-;) 仲代、丹波、小沢昭一、渡辺文雄、米倉斉加年の、「無頼漢」の群像劇というところ。 脚本が寺山ですよ。そして70年ですよ。が、リアルタイムで観ていて不思議でないのに観てない、観たという記憶が全くない。あは、70年の4月か、公開は。それどころじゃなかったワ(^_^; それにしても寺山のラインでも、あんまり語られないなぁ。なんで? はしばしにおもしろいんですよ。でもなんかまとまりがない。いまいちぱきっとしない。それより、なんでこの映画が東宝なのか、そのほうが不思議。たぶんに金の問題なのか?東宝だからってもんでもないけど、70年ぽさもあまり感じないで、なるほど脚本寺山ってのもうなずけるようなわからんような。奥歯にものがはさまった映画。煮え切らない。
またしても岩下志麻ですけどね、岩下志麻だからって何でもいいってわけがなくて、これあたりはどうにもならない駄作中の駄作、ほとんど火曜サスペンスってところでしょう(-。-;) あ、原作の北泉優子ってテレビドラマの人か。それにしても田中陽三が脚本で原作をばっさりやっちゃってるというので期待したんだけど、どうにもねぇ、超つまんねぇ。母子相姦の話ですけどね、母親・岩下志麻と息子・坂上忍。あのですねぇ、母子相姦するような息子は母親を何と呼ぶのだろ。まさか「おふくろ」じゃないよなぁ。そのまさかの
「おふくろぉ〜〜っ」
の絶叫で締められたら、白けまくるでしょ。いや、マジ、何て呼ぶの、ふたりで抱きあってるとき? 「お、おふくろ、い、いきそ(-_-;)」ってか(爆汁) 母子相姦に走らせたきっかけが。東大に二度も落ちたからって、そんな話の設定自体安易すぎるのだが、あ、あのねぇ、ちょっと冷静に考えてみましょうよ。東大に二度落ちるってことはそのときに既に二十歳じゃないですか。二十歳の息子と??? 二十歳を過ぎた息子が??? もうむちゃですよ、話が。あるんですか、そんなの。知ってる範囲にそういうのいないからわからんけど。ふつうなら、わからんでもないが...となるんだけど、わからんって(-。-;) それにその息子がほかにつくった女が、岡本かおりだと岩下志麻と勝負にならんでしょ。ほんとむちゃくちゃもいいところ。それだけならまだしも、岡田裕介をからめて、もう何を考えてつくってんだというレベル。日本映画の終焉だね。チィ〜〜ン!
これはかなりきついでしょ。よほどのNICOのファンでないと(^_^; まぁ難しく考えないで、NICOのMTVとでも思ってぼーっとみてたらいいんちゃうでしょか。もちろん、MTVの映像とは比べ物になりませんが... 延々、歩き続ける映画。長回しの連続。なんでもこれはガレルがニコといい仲だったときに荒涼たる地で撮りだめた映像が元になってるらしい。チュニジアとアイスランド。 それと神話がベースになってるのだけれど、それがさらにきついなぁ。それでもあんまり肩ひじ張らずに見てたらいいのです。ふぅ〜〜んって具合に。
ついこないだは美唄の話で、きょうはその川向いの月形・樺戸集治監の話。北海道の開拓のために、囚人を樺戸監獄に集め強制労働させて造ったのが、行刑道路。その昔、行ったなぁ(  ̄- ̄)トオイメ 詳しくはこちら でね、やっぱり岩下志麻なんだけど、ボク的には岩下志麻より夏木マリに惚れちゃいます。そして映画の中で象徴的に使われるのが、「かんかんのう」という俗謡で、音はこんな感じ
青木正児著「支那文藝論藪」所収「本邦に伝えられたる支那の俗謡」によると、 》見やしゃんせ、妾が貰うた九連環、両手に取り持ち解けども解けず、 》ホーカイ、小束で切ろうか、切れはせぬ切れはせぬ 九連環というのは中国の智慧の輪の一種で、切るに切れない、解くに解けない。だから男と女というのは九連環のようだとは言いえて妙。そう言われて、なんかグラっと来るのはなんで(^_^; はい、そして森進一のの挿入歌のくささと来たら、演歌も演歌、ど演歌なところがステキでした。
だったらしいです。道理で朝が白むのも早いわけだ。すっかり明けきって帰宅。眠い。ふぁ〜〜〜(~O~) 一日が長い。
きのうのことだけど、アルテピアッツァ美唄という美唄の廃校を彫刻家・安田侃が常設で展示していて、どうのこうの、今度、森山大道展がそこであるとか、山口→高田の経路で知らされる。「美唄市落合町栄町」とググルと、あらら、東明やん。ゑ?安田侃って、美唄東高、45年生まれってことは...で、何小学校やったん? わかれへぇん。
ふははは、またよし棒とこからのネタぱくり。 この話、【な】が10年前から言うてる「非段落文体」やん。この【な】の主張する「段落文体」には同感で、清風南海の図書館報に5年ほど前に書いてやった。あれは我ながらの名文だったなw。つまり
という趣旨の文章でした。ちなみにこの一文を書いたときに、自分が持っていた谷崎潤一郎選集の『卍』から、ページ2段の2ページにわたって改行がない部分をさがして画像を載せたのだった。中学生に『卍』はと、担当のおっさんは苦笑していたが(笑) 確かにモニタの中では、改行なしの文章は読みにくいかもしれないが、印刷物もそのようなすこすこの文章になって、それが当たり前になるのはヤバいでしょ。