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20020501 Wed 5月ぅ〜
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■本日の食事 朝:クロワッサン2、コーヒー1 昼@なか卯:親子丼 夕:ハンバーグ、サーモンマリーネ、コールスロー |
ははは、甲子園はほったらかしで寺山見に行ってたからね。終わって外に出たらそこらへんにおった兄ちゃんが携帯で「応援しに行って負けてたらアカンがな」と言うてるのを聞いて、やっぱり3タテはアカンか。そろそろここらで読売にも勝たしたらなアカンわなぁ、なんて思いながら帰ってきたら、3タテでんがな。読売、ものの見事なスミ1。おや、我らが岸和田ブォケ、本日も三振ですか。それも九回一死二、三塁の三振。あなたのおかげです(爆) ずっと読売にいてネ。をを〜っ、なん、なんと腐ってたはずの日本ハム、きょうも打ってますやん。
■本日の食事 朝:ベーグル1、コーヒー1 昼@いも膳:ツナサラダ、すき焼き風 夕@陣護:ラーメン+ねぎ、古代米 |
GWの谷間の日曜。誰や、雨やと言うたのは。一日、だらだらと過ごす。ヤモにもらったモニタをウィン専用に、あ、いや、ヤモのをマックにつないで、前からのミツビシをウィンにつないだ。ま、一日、掃除の日ですな。
■本日の食事 朝:トースト2、コーヒー2 昼:トースト 夕: |
私はある日突然、甘美な性を知った。「女の身体は、足から頭のてっぺんまで性器になるんです」奔放に生きた詩人、金子光晴。この映画は彼が愛人にあてたラブレターをベースに、30歳以上も年の違う男女の愛と性の軌跡を描き、女性客も動員した大ヒット作である。詩人の小田都志春が有子の家に通い始めて、すでに6年。「トシ兄ちゃん」「ウサギ」と呼び合う二人だが、彼の来る日は決まっておらず、有子の寂しさが極に達した頃、ひょっこりと姿を見せるのだった。寂しさで倒れた有子を敷きつめたビニールの上で行水させるやさしさを見せることもあれば、嫉妬から下半身に自分の名の刺青を彫るといった奇行もみせる都志春。籍も入れたり抜いたりと身勝手な彼だが、有子は彼のわがままをすべて受け入れていた。しかし都志春の子供を身篭りながらも彼の反対にあい、堕ろしたことから、彼女の精神は徐々に破綻をきたすのだった…。主演の有子には妖美なエロチシズムの中に独自の透明感を漂わせる関根恵子(現:高橋恵子)。女性映画の第一人者・東陽一監督の手により情感溢れる作品へと仕上がっている。
関根恵子、中村嘉葎雄、加賀まり子、仲谷昇というキャスティングのどこがにっかつロマンポルノでんねん。金子光晴ってこんなんやってんねぇ、もっと硬派だとばかり思ってた。それでもなお中村嘉葎雄はどうもイメージ的にしっくりこない。それに対して、関根恵子の透明感と加賀まり子の毒っぽさは最高。
きのう4/30に、「大道さんの『凶区』」などと書いていたら、『凶区』ってのは、それ以前に詩の同人誌があった、とのコメントあり。
大道さんの『凶区 Erotica』が出たのは07年の6月(梅田のHEPでの『凶区』の写真展は去年08年の5月)。その写真集の中で「僕が60年代の終わりぐらいから、"凶区"とは言ってないけど、日常に存在する風景や時間というのは、とても禍々しいと思ってきたんです。」とある。また《当時の『朝日ジャーナル』には「凶区」というタイトルの森山の写真が何度か掲載されていた。》(コンプリート0944〜0947)
さて「凶区」というのは、wikiの鈴木志郎康の項によると《1964年、天沢退二郎、渡辺武信、菅谷規矩雄、藤田治、彦坂紹男、秋元潔、山本道子、野沢暎、高野民雄とともに、雑誌「凶区」創刊。「凶区」には、のちに金井美恵子が加入するが、1971年に廃刊宣言号を出す。鈴木は廃刊以前に脱退。》
うは、すごすぎっ(-。-;) なるほどね、「凶区」という言葉はあまりに現代詩すぎる。その当時に、森山大道と鈴木志郎康が出会っていて不思議じゃないね。その話は聞いたことがないけれど。
あ、『詩写真(仮)』始まりました。なんば経済新聞でも紹介していただいてます_(._.)_