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20050815 Mon [長年日記]

柳川

朝飯にコンビニでパンを買いに行きがてら、ホテル(西鉄柳川駅)周辺を歩いてみるがこれと言って何もなし。空き地が目立つのがさびしい。

さっさとチェックアウトを済ませて、柳川観光の中心に移動。白秋の記念館は以前に入ったし、ここはやっぱりアラーキーと同じように舟に乗ろうって、陽子はいませんよぉ^_^;

舟が出るまでに少し周辺を歩く。考えてみればヤクザな性癖で、このような観光地にやってきても裏側が気になって仕方ない。実は舟に乗ろうというのも、民家の裏側が見れるというキャサリンの入れ知恵。

観光地でない柳川のコアなところに行くにはまたちょっとかかるので、一回りした後、先に舟に乗ることにした。乗ったはいいんだけれど、暑いの暑いの。じっと舟に座ってるもんだから、真夏の日光に晒されてじりじり焼けつく。肝心の船の方は、う〜ん、もういっぺん乗ろうという気はしないな。

1時間の舟ですっかりくたばって、お昼にせいろ蒸しを贅沢して、さっさと柳川から抜け出した。

佐世保

佐世保にはさっさと着いて、さっさと写真撮りたかったから、武雄から高速で一っ走り。3時過ぎには到着。即、ホテルを探し当てチェックイン。

早速、佐世保の町に飛び出したのだが、こりゃエキサイティングですよ。おもろい!佐世保中央駅周辺の裏側を丹念に歩いたりしてスタバで休憩。

ついでに佐世保記念に龍の『半島を出よ』を上下で買う。つもりが2冊レジに持ってったら、なんと2冊とも上。なんと下は品切れにつきとりあえず上だけ買う。これはモッチャンもハイパさんもおもしろかった言うてたしなー、カバーが福岡の空撮で、舞台が福岡ってからというのもあるんだろ。

佐世保は外国である

ハイパさんから教えてもらってたように、かつて龍が徘徊したという外人バーがあるあたりを歩くが、今はもうぐっと縮小されていた。

国際通りに出て佐世保橋。ここでしばし佐世保橋を眺めて感無量。ここから先は外国、いやアメリカなのだ。歩いてる人間はぐっと少なくなるのだが、ベースのアメリカ人が半分。ニミッツ・パークの外側に沿って、つまり国際通りを歩いて行くと、やがてベースに入るゲートが見えた。ヤバイかなと思いながら、カシャっ、カシャっ。と、ほんまにヤバかったのだ、しばらく歩いていると横にセキュリティーの車が止まった。なんや英語で、写真写したか?と聞いておる。うげっ、やっぱりあれはマズかったかと思いながらも、しかしあれはデジカメやなしにフィルムで撮ってたのだ。ここでフィルム取られたらシャレにならんぞと思いながらも、こっちはあんまり英語しゃべられへんのをいいことに、デジカメのビューアーを見せてやった。ふー、ニミッツ・パークの端っくれにある日本が管理しているホールが写ってただけだ。「基地は写真、ダメね!」「i know well」って、ニミッツ・パークもアカンとよ。あとでわかったのだが、ニミッツ・パークはアメリカ軍の管理なのだった。はぁービビった。ヘタすりゃ射殺されかねんもんな。だいたい奴ら、イスラムのテロで過敏になっとるし、ここはあんまりアメリカ人にカメラ向けるのは控えておいたほうがよかろうと、でもまだ隠し撮りしてる人。懲りない。あ、肝心のフィルムはさっさと撮りきってさらのフィルムを充填。抜け目ない。

精霊流し

さすがにMPに拉致られそうになって、おまけに暗くなり始めたので、ハンバーガー買ってホテルに戻ったら、ハイパさんから電話。これから精霊流しに一緒に来ないか。あわててハンバーガーをかっこんで飛び出す。

精霊流しってのは長崎のお盆行事らしく、その年に初盆を迎えるのに、精霊舟をかついで町を歩く。そのときに回りでパンパンと爆竹を鳴らすのだ。ハイパさんの知り合いの家が、精霊舟を出しているので、それに便乗して、途中から一緒になって爆竹を投げて遊ぶ。

そのあと、川に精霊流しに行くハイパ一家につきあう。あ、こっちのほうは本当に小さい精霊を川に流すのだった。ほんまにさだまさしの精霊流しがかかってるのはなんともいただけない。


20050814 Sun [長年日記]

熊本・通潤橋

今回の旅行のテーマは「いなか」ですね。それがいつか「廃れ」にすりかわってたりしますが。ちゅうわけで、あんまり観光客などいないいなかはどこじゃと考えて、そりゃね、阿蘇行ったら、温泉つかって一日終わってしまうでしょ。おまけに観光客だらけだし、なんせお盆のど真ん中なんすから。ほれ、高速に乗っても渋滞で、結局、松橋インター下りたのが2時くらいかな。

とりあえず通潤橋目指して走れば、なんか途中にあるだろうって走ってると、渡った橋の横に古い橋が取り壊されないで残ってた。おやと思ってクルマを止めたのが正解。この橋、アーチ型の石橋で、なかなかのもんよ。観光化されとらんのがまたよろし。つぎ、霊台橋。これはいまいちつまらんかった。ところがその橋のたもとに看板の地図があって、国道からはずれた県道のほうにも橋があるってんで、すぐ脇道にそれる。行けば、道脇になんちゃら橋と小さい看板があって、それに従って山のほうに上がってクルマを止めて歩いたのだが、見つからず。看板の地図にあったなんちゃら橋はありました。どうもこれらの橋は灌漑用の水道橋で、それが行ってみて初めて知ったとは、ちゃんと調べとけよ>自分 県道を走っていて、小学校やら、廃校になった中学やら、どうも廃ればかりで、センチメンタルに走っていけないねぇ。あら、10年前に椎葉林道走ったときの内大臣橋は、いつのまにか通りすぎてたって^_^;

で、やっと通潤橋ですが、当然のことながらいつも放水してるわけでなく、でかいことはでかいんだけれど、どうも観光客がやってくるところは写真にするのって難しくていけない。

南阿蘇

ついでだからと南阿蘇に上がって夕陽タイム。

そう、まともに飯食ってないんよな。で、熊本で馬刺し食いたいが、以前につれてってもらったところはわからず、豚平ラーメンを小一時間走ってやっと見つけて腹いっぱい。大牟田から柳川まで走って、ホテルにとびこんだら晩の12時。


20050813 Sat [長年日記]

住吉・春吉

起きたのは、ははは、とうに昼まわってました。ぼちぼちと出かけて、住吉・春吉あたりをぶらぶらと撮り歩いてはみたものの、とにかく暑い、暑すぎる。住吉もけっこう隈無く歩いたけれど、かつての遊廓跡というのはほとんど見つけられず、shadyな店などはちょこちょこあったりするのだけどな、会員制なw

お約束の一蘭のラーメンを食って、スタバでナンバーのタイガース特集を見て、きょうは休憩の日だな。

ハイパさんとまたおちあって二人でスーパー銭湯に行ってさっさと定宿に戻る。


20050812 Fri [長年日記]

下関

前の晩、早くから寝てたので、朝6時には目が覚めた。朝飯前に町を撮って歩く。あのですね、このホテル朝食付で5000円な。たいした朝食ではないが、コーヒーがぶ飲みできるのがよろし。

晋作通りっていうのか、かなり廃れが入っておってよろし。あ〜、しかしどうも今回の旅行は廃れ中心になる可能性が大きい。

門司

9時過ぎにチェックアウト済ませて、もうちょっと下関を撮ろうかとクルマを流したが、めんどくなってさっさと関門をくぐる。

門司港レトロの駐車場にクルマをほりこんで(考えてみりゃ埠頭はもう盆休みのようであのあたりいくらでも止めれたな)、まぁあんまり門司港レトロなどという観光スポットには興味がなくて、レトロ馬鹿っているけどなw、それでも門司港の駅はまぁまぁ絵になるか。で、門司港レトロはさっさと抜け出し、臭いで本来の門司の廃れを歩いていたのだった。

青春の門

ボタ山めざして筑豊へ。しっかし北九州って広いのな。5つの市が合体したのだから。抜けるのに一苦労して、やっとのことで直方着。こんなことならちゃんとツーリングマップさがして持ってくるのだった。と、直方の駅前のひなびた本屋でツーリングマップ買ってるヒト。そこのおっちゃんに聞いて、石炭記念館に。

だいたいですね、閉山してもう30年からなるんでしょ。かの文太が松坂慶子のおっぱいを揉みまくった映画の「青春の門」からしても20年以上になるでしょ。ボタ山があちこちにあるわけないっしょ。

石炭記念館の管理のおじちゃんと話して、飯塚にボタ山が残ってるのを聞いて飯塚に移動。新飯塚じゃなくて、飯塚のほうな、ここも廃れやわなぁ。と、ふっと6年前に夜中に福岡から走ってきて休憩した場所であったことを思い出す。へぇ、こんなとこだったのかい。

おそらく炭住だったところも発見するが、クルマを下りてばしゃばしゃ撮り歩くこともできず。

福岡

杉谷旅館、マキノセホテルなきあと、定宿となりつつある、某ゲストルームに6時にはチェックイン後、夜の博多に出撃。で、戻ったのが明け方5時回ってたなんて。


20050811 Thu [長年日記]

とりあえず出発

適当に出発しようとしていたら、キャサリンから行くのならこれだけ済ませてから行けと宿題を命じられて、それしあげてたら、夜中よ。準備がてら世界陸上見てたら、末續ねぇ、準決勝で敗退。あは、決勝に残ってたら出発できひんとこだった。

山口湯田温泉

とかなんとかで夜通し走って、朝6時過ぎに山口着。もうちょっとなんかあるかいなと思ってたのに、イマイチでんなぁ。仮眠するつもりで湯田温泉の「ゆらり」というクアハウスに飛込む。タクの運転手がそこなら朝からやっているというたのだった。

循環ですわ。思いっきり塩素臭い! まぁ、あくまでも仮眠ってことで許してやろうと思ってたら、入って30分も経たないうちにおばはんが「9時までだから出てくれ」と言いに来る。なぬっ、わしはこれから寝るつもりなのにどうしてくれんだ!ばぁーたれ。

だいたいやね、入るときに、「営業は9時までだけどよろしいでしょうか」というのが礼儀ってもんじゃ。湯田温泉の湯楽里です、ゆらり! だいたいネーミングからしてクソってるわな、そんなとこに入ったおいらが悪いのさ。

宇部

ちゅうわけで、腐れの極致=湯田温泉の湯楽里(何回でも言うぞ)を追い出され、行くとこもないので早々にクルマを宇部に向けて走らせる。昼過ぎに宇部に着くと言ってあったので、適当に寄り道してわけのわからんとこでちょっと写真。山口なんかよりずっと絵になる。
isado+sugara夫妻にメールを入れたらあわてふためいていた。そりゃ到着が早すぎるんでしょ。待ち合わせのなんちゃら公園は死ぬくらいに暑い。いや、ほんまに暑かった。夫妻とご対面してのち、ボクご所望のwoodstockという「いなたい喫茶店」へ。しばし三人でしゃべる。
あー、先のことを考えると、書くのめんどうになってきた。だいたい腐れの極致=湯田温泉・湯楽里がいかんのだな。それを詳細に書き綴っておかねばならないので、ついつい長くなる。はい、どっと省略。
夫妻の子ども2人もやってきて、宇部新川駅周辺から日本一のシャッター商店街をみんなで撮り歩く。子どものうちからこんな屈折した写真ばかり撮ってたらろくでもないぞ。

下関

はい、もちろん下道で、下関まで移動。高速ってほんと写真にならんのよだよ。下関の埠頭とかを夕陽タイムにしゃかしゃかと撮って、あ、あんまり夕焼けにはなってないが、それからホテルさがしに30分ほど走り回ってしまった。なんてことはない。最初から駅前を探せばよかったのだ。

で、部屋に入るとパタンキュー。そりゃそうだ、前日の昼の12時から30時間起きっぱなしなんだから。それもこれも腐れの極致=湯田温泉・湯楽里のせいです。


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