本日のタイガース
昼ごろに「パレード行った?大変な雨だったね」ってメールが入って、ゑっ、雨、そういえばきのうの夜中に降りだしてたよな。それでいまはあんまり降ってへんよ。パレード?ん?昼からとちゃうんって大ボケ。
朝から御堂筋パレードやってたんだわ。びしょ濡れで大変。ボクは寝てました。
◆ 石井隆『名美』(1980 立風書房)
こんな腰痛いときに読んでてどうすんだモンのエロ劇画でありますが、8編どれもがレイプ、あるいはそれに近いのであって、これって、男が女を犯すことでひたすらに下降していくというか、だからって女が下降してしまうってわけでなくて、男にとっては究極のマゾヒスティックなわけ。だから『名美』はやめられんって、どうにもならんわね。
◆ 吉本ばなな『ハネムーン』(1997 中央公論)
出てくる人物に実体感が非常に希薄。とくに一人称小説のわたし=まなかの相手である裕志が見えてこないのはどうしようもない。だからこの二人に関わる人物も見えない。顔すらも浮かんでこない。と、なると、あちこちに撒き散らされたことばもふわぁーっと通り過ぎていくだけ。ラスト近くで明かされる秘密も、なんら決め手にならない。
『キッチン』も同様に非常に閉じられた限定された世界にとどまっていたけれど、ずっとずっとリアリティを持っていたのに。突き刺さってくるものがなくて、ぼけた犬の感覚に収束してしまってる。
◆ 川端康成『住吉』(1949)
短編だから(^_^ゞ 継母いじめの『住吉物語』を種に、川端康成のなんとも言えない女性観というか、屈折というか、要するに川端康成流の変態性がほの見える。ほんま短編のくせに重いの。