とは言うものの、ボクのカメラは、サンプルで説明用にフィルム入れずにおいてあるので撮るに撮れない。はは、それは口実で、ヘソ曲がりだから、ピンホールデーだから撮ろうなんて思わないのだよ。撮りたいときに勝手に撮ります。
んで、2時にはピナも「わざわざ」東京から来てくれました。
まぁさんに留守番頼んでまた紅テントへ。始まる前は変な組合せ。ぴなとナックの、なんでここにおるん的出会いに、「これ、ピナさん」という言語学的言辞(←なんじゃそれ?) はたまた、敢えて伏せておきますけどね、某嬢と某嬢。そこへキャサリン。
で、いよいよ3日目ですが、はは、2回観てもわからんもんはわからんよ(爆死)
いや、簡単にわけのわかってしまうような芝居観てもおもしろないでしょ、予定調和なんてクソ喰らえ。わけなどわからなくても、芝居のダイナミズムを味わうのがまず第一義じゃないかと思うのねん。どこがどうなって、こうなって、それでこのセリフがあってなどいうのは、5回も6回も観てやっとこさ、おぼろげにわかってくるので、人間の頭の中なんて意味のない脈絡だらけでしょ、それをあらわにしているのが唐の芝居だと言いきってしまいましょう。そうすると、舞台の上の肉体が特権をもつことが納得できるでしょう。