森山大道の《記録 NO.11》を入手。今年の1月に出たてで、去年の夏に大阪を写したと。で、例えば表紙の写真(↑の写真)は北新地のここw
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あ、これ、あそこやんかというのがいっぱいある。新世界も何枚かある。新世界を撮ったのを見ても、今さら新世界もないだろうというベタなのに、大道の新世界はなんでこんなかっこいいのだ。 中平卓馬との対談で卓馬が「ずいぶん良く知ったもの、知った人が映っているけれど、そんなものはまったく気にならない。知っているぼくでもね。全部あなたが見た世界の一つの構築物になってしまっている。」(「写真という言葉をなくせ!」'69年)
悔しくもあり、羨ましくもあり、そしてオレもがんばろうと、何やってんだよ>自分とケツ叩かれてるようで(^.^;) まじ、がんばろ!
《かつてトーキー初期にジャン・ルノワールが、そして米国ではヴィンセント・ミネリが映画化したフロベールの不朽の名作》とはいうが、たとえば、谷崎の『鍵』なんてのも数多く映画化されてるんだけど、どうなんでしょね。 『嵐が丘』にしろ『テス』にしろ、文学作品を映画化しても頓挫してるわけです。 それらの原作は読んだりはしてるけれど、いや、この『ボヴァリー夫人』なんかも、その存在は知っていても(なんでも旺文社文庫にまで入ってた! いちおう当時の旺文社文庫ってのは、「蛍雪時代」や「赤尾の豆単」の旺文社ですからね、その旺文社がこんな裁判沙汰にまでなるような、今で言うとR15指定の文学を文庫化して出版してたのですよ ながい注釈あいすまん^_^;)読んでませんけどね、たぶんこの先も読まないだろうなぁ。 で、どうなんでしょね。見ていて、やけにたんたんとその出来事を追い続けるなぁと思っていたら、AllCinemaにはけっこう酷評されている。それはシャブロルだから故の、非常にからい目の評。うん、やっぱり、そうなのか。シャブロルといえど、こういう文学作品に手を出すとつらいのだろう。じゃ、ルノアールってづだったんでしょね。きっと、見ることもないでしょうけど。
もうエロい、エロい。ハダカどころか、ビーチクも出てこないのに、このエロさってなに? 見てるうちに長イスに押し倒したい衝動がむらむら。もたそれをぐっとこらえる緊張感がなんとも言えないんですね。たぶん、20代ではわからないエロさかもしれません。 『真夜中の招待状』を見たあと、あまりの情けなさに、見始めたのだが、これが『真夜中〜』とはうってかわってぐいぐい引っ張り込まれる。あんな映画のあとにみたら、何でもよく見えるのかもしれませんがw さすがに時間が時間なだけに途中で切って続きをってことにしましたが、いや、こうでないとね。オトナです。『真夜中〜』に限らず、日本の映画みてるとガキくさくていけない。それに対して、ほんとオトナの映画ですねぇ。 アンナ(サンドリーヌ・ボネール)が、税理士のウィリアム(ファブリス・ルキーニ)を、カウンセラーと間違えて、話し始める。そこから二人の抜き差しならない心理的な関係がという...ちょっと『読書する女』を思い出したけどね。いいねぇ。
なぜか抜け落ちてるシャブロル...ヌーベルヴァーグを語る上で外せないらしい『いとこ同士』。これがあたったおかげでロメールの『獅子座』ができたってさ ポールがちょいとすかしててイヤミったらしい感じが始めはするのだが、これもありかと。それにひきかえ、シャルルのほうがどんどんまぬけになっていく。なるほど『狂った果実』('56)からのインスパイアね。時代のずれはしかたないにしても、なんせ50年前のだし。しかし50年かぁ。ヌーベルヴァーグも石原慎太郎も半世紀前の話になりましたか。。。。
小林麻美主演....をい、小林麻美って、やっぱりデルモ(←古っ^_^;)でしかなかったのね。小林麻美に女優を期待するのが大まちがい。 っていうか、こらっ、野村芳太郎(-_-メ)、エエ加減にしいや。ひどすぎるだろ、これ。火曜サスペンス以下じゃないですか。小林麻美が大根だというのはいたしかたないにしても、バイプレーヤーが、軒並みアウトって、こんな映画も珍しい。ふつうは、小林麻美を売りにして、まわりで盛り上げるものなんだが、何から何までひどすぎる。小林薫にしてもなんだかどうでもいいし、渡瀬恒彦なんて瞬間だけ。藤田まことにあの役はないだろ。 救いはっていうと、小林麻美のビーチクがちらっと拝めるくらい。それにしてもなぁ。ビーチクを拝むだけに2時間はつらすぎる。 このあと、麻美の映画は「野獣死すべし」のみってのは、いい加減、この映画で嫌気がさしたか。製作意図がまったくわからない。こんな映画つくってるから、松竹も終わってしまうってことです。
Allcinemaには《ヌーヴェル・ヴァーグの巨匠C・シャブロル監督が、浮気症の悪妻に翻弄され落ちぶれていく生真面目な男の姿を描いた作品。》と紹介されているけど、《浮気性の悪妻》じゃなくて、嫁(エマニュエル・ベアール)が美人すぎるがゆえに、《浮気性の悪妻》と妄想がこうじて破滅していく男の話。そりゃ、ベアールみたいなの嫁さんだとヤキモキするワwボクは大好きですけどね、エマニュエル・ベアール