見せちゃいけないもの、それは見せたらおしまいだろうというものが絶対あると思うのだが、このズラウスキーってのは臆面もなく見せてしまう。それには閉口した。ってね、それは同じ監督の『ポゼッション』(アジャーニ主演)でも思ったことで、「もういいです、こいつは」ってつもりで、まごれびゅ書いてるのに、なぜか、短い紹介文とか、これってたぶんにエロっぽいのじゃないとか、つい騙されんだよな。おバカ...
先週に比べれば、ヒマってったらヒマ。気になる『植物図鑑』を読む。
<イメージ>とは極論すれば、作家たる個がもつ世界についての像であり、それは個に先験的に備わっていなければならなかった。(略) 作家はア・プリオリなイメージに従って世界を見、世界に触れることが要求されていた。だがそれは結局のところ個による、さらに言えば、人間による世界の歪曲、世界の人間化を意味するにすぎなかったのではないのだろうか。
作者たる個人がもつ世界についての像が全てに優先され、それを作品を見、作品に触れる多数者のもつ同様な像に合致させるということがすべてであり、と言うことは、彼らが慣れ親しんだ既成の図式、彼らが現実に対してもっている既成の概念を裏切らず、それらに照準を合わせて解説してみせさえすれば表現行為は終わったのである。 だがそのことは世界をあるがままに視つめることではなく、それどころか世界から眼を閉ざすことを意味したにすぎなかった。われわれの眼は眼窩の内側にひきつけられ、反転していた。