猫に関するテレビ番組を見てたら、クラトンそっくりの白黒(デブ)猫がコワモテのオッチャンにブラッシングされてた。アメリカでは受刑者の更生プログラムに猫のグルーミングがあるんだそう。壊れ物を扱うように子猫を抱きかかえるオニィチャンが微笑ましかった。
思いきり70年代的臭さがぷんぷん漂う。たとえば
「国境の長いトンネルを抜けると」
「そこにはまたトンネルが続いていた」
なんてその典型。さすがに「ご時勢だもんネーッ」と受け流しはしているけど、そのご時勢を思いだすと恥ずかしくもなる。
これはたしか『ながれ者の系譜』かの連作の最後にあたったはずで、最後にはどんどん主人公達は消えていく。そのあたりも、なんとも「死に様」を意識した70年!で、たぶんバブリー世代には相容れないものがあるだろうな。
昨日渋谷で観た『刑務所の中』といふ映画、専ら山崎努のモノローグで客を笑はせて一体何処が「映画」なのかとも思つてしまふのですが、まあ、刑務所の中でのお話ですから、ある種のリアリスムを追及すれば、モノローグに拠らざるを得ないといふのも一理なわけで、そんな映画だと思つておけば良いのかとも、
トマソンのページをようやっと最新の#249まで画像とデータだけアップ。それぞれのコメントはこれから。これがまたしんどいんだワ。