いろいろと話してるうちに、自分でアホみたいに真っ正直すぎるんじゃないかと思えてくる。おおかたの者にとって写真なんて、しょせん、生きてる上での道具、たとえば女を口説くとかさ、みんなにあれこれかまってもらうためとか、そんなひとつの手段で写真やってんじゃないかと、寒い気持ちになる。さみしい話だけど。あ、百恵の歌にあったね
この前タントテンポで会った徳平さんが来てくれて、『都市の断片』をおみやげにいただく。ポジで撮られたビビッドな写真は、ずばりツボ。無性にカラーで撮りたくなる。大道さんやエグルストンから離れようとしたんですがと言うのだが、それはそれ、いいものはいい。
そこで例えばあなたが写真を残したとしても、その事物としてのたこフェリーの寂しさは写っても、あなた自身の寂しさは写らない。なぜならあなたには重なる過去の思い出が無いからだ。しかし時が経てばその事象の記録として写真は違う価値を持つだろう。それが記録。気持ちは変わるが記録は変わらない。
これはきのうの某氏のツイート(すでに削除済み..w)だけれど、明石海峡のたこフェリーが廃止になる。その前にどっと鉄ちゃん類いのおっちゃんカメラマンが群がるんだろう。 たこフェリーにはボク的にはそう思い入れがあるわけではない。が、青函連絡船となると、そうも言ってられない。そしてその記録がボク自身に甘い揺さぶりをかける。さて、どうする、11/15まで。
flickrを始めてすぐにgroupでOsakaをつくった。まぁ、最初の頃はちょこちょこ見てたのだけれど、最近はほりこみはしても見ることなんかほとんどなかった。つまりここ2,3年は放置状態^_^; ところで、同じflickrのgroup大阪画をスタートさせるときのヤーサキさんらのdiscussionを見ていて、ちょっと自分のOsaka groupを覗いてみた。post数の多い順に5位まで表示されているのだが、これまで当たり前のようにボクがtopだったんよ。ところが、なんと3位に落ちているじゃないか。って、別にtopでなくてもいいんだけど、topのどんなのをアップしてるかと見に行って呆然。こういったら何だけど、強烈に酷いよ。もうどう酷いかは、くどくど言わないけど、唖然としてしまって、アドミン権限で削除しまくり。結局2000枚ちょいあったとこから500枚も削除。で、現在第2位に下ったかな。dugspr~~って、おっさん。 サムネールだけれど2000枚一通り目を通したんだけれど、そのうちに写真って何だろうと考えさせられる。例えば、大阪城の説明の看板の類を懲りもせずに撮ってるのだが、それも記録っちゃ記録よね。それから、2000枚がいかに多いかというと、flickr始めてもうすぐまる6年になるけれど、総post数が5000ナンボ。dugspr~~って、おっさん、Osakaにpostしただけで2000。どわぁ〜4年間で42000postかよぉ。いつも「量が質を凌駕する」なんて言うてるけれど、ただ撮ればいい、見せればいいってもんじゃないよなぁ。う〜〜ん。いや、ほんまに写真ってわけわからなくなってきた。シャッター押せば何とでも写るだけにタチが悪い。とくにいまのカメラは。ちなみにおっさんはCanonのG10。いや、なかには、あ、そういう視点ってあるんだなと思えるのもあるにはあるのだけれど、しかし。。。
ねこまんまに玉子を落としてぇ〜って言うから、を、そりゃいいねぇと答えたんだけど、何か話が違う。それでよく聞くと、ご飯に味噌汁をかけるって。をい、そりゃないだろ。ねこまんまというのは、ご飯にかつお節削ってかけるんだって。そりゃないだろって、ツイッターで聞いてみると、ご飯に味噌汁というのが結構いる。なんでだ? 猫はご飯に味噌汁かけたのなんか食わんぞ。猫も食わんねこまんまなんて絶対に認められませんよ。そりゃ、いぬまんまだろ。これだけは絶対に譲れない。
ある人が誰だったかもう忘れたけど公式RTしていて、ぱっと読んでもっともらしいので、ボクもつい公式RTしてしまった。が、してしまってから読むと「写真表現」うんぬんかんぬんで、「なぁに言ってるんだか」というようなツイート。急いでRTを解除したけどね。なんだかほんとしんどいのが好きなんかね。しんどいのがアートだ、ゲージュツだって、しんどい病じゃないか。 前に、石内都が森山大道に「そんなつっぱってしんどくないか」と言われたというのを石内都自身から聞いたことある。すごく印象的な話で忘れられない。写真に真剣になれってさ、なんぼのもんよ。そんなヤツいたら、後ろ向いて舌出しといてやればいいのよ。ぷ。 そんでね、とか言いながら、写真するときに、何も考えてないかというとそうでもなくて、被写体(人に限らず)との距離だけは意識してる。それが自分にとってのピント。そんなピントも合わせずに、レンズのピントだけ合わしたって何になるんだって思うの。レンズのピントなんかどうだっていい(合ってるにこしたことはないけどさw
あら、いま調べたら、去年は10月11日に食うとるね。やっぱり「さんま苦いか塩つぱいか」と言いながら。
そんで谷崎と佐藤の間の「細君譲渡事件」のことでも書こかいなと思ったけど、なんやややこしいね。1921年8月の「小田原事件」直後の10月にこの「秋刀魚のうた」が発表されて、1930年の「細君譲渡事件」で、めでたく結婚するんだけれど、その間の24年に、別の小田中タミと結婚、30年に離婚して、この千代と結婚というんだから、なんとまぁ劇しいこと。そのあとはこんな紆余曲折を経て「譲渡」してもらったからか、尻にひかれてたらしいけど。 谷崎のほうの女性関係は、もっともっと複雑怪奇。太刀打ちできません。というかさ、「芸のためなら女房も泣かす」ってんじゃないけど、そうした色恋ってのは何にも必要だと思うんです。文学に限らず、写真もそうなんだけど、そのために恋愛する必要はないけれど、恋愛もできない人間の作品ってつまらないなと感じてしまうのでした。