きょうの出勤前散歩は中崎町のONE PLUS 1でやってる圭乃椿 写真展『釈然』 ほんとは月曜に行こうかとも思ってたんだけれど、天気が鬱陶しくて、あんまり歩く気にならないで、中崎町だと谷町線で文の里一発ぢゃんと。とにかく梅田に出て、東梅田に乗り換えのもウザいなぁと、中崎町まで歩こうとしたら、雨がまたポツポツ。だいたい傘持って歩くのがねぇ、傘さしてるほうがまだしも、持ってるということがウザくって、そうだよ、こないだも傘ジャマっけだと思ったら、カメラ落としたのだ。すると、御堂筋線に傘忘れてきてる人。カメラが濡れないようにコートの下に隠して、居合抜きか(; ゜×゜;)
さて肝心の『釈然』ですが、やっぱり女の子はこういう写真撮らないと。「女子カメラ」なんてノー・サンキューですよ。
ずばりエロ写真満載。何枚かはハメ撮りやってんでしょ。いいなぁ、これって女の特権というかね、まさに特権的肉体論ってか(oo;)、男ってのは、もうテレちゃってどうにもならないんですね。だから、なんとか美しく撮ろうなんて、でもよく考えてみれば、セックスなんてのは美しいわけなくて、臭いもそうだし、だいたい体液モンでしょ。でもなんか美しく撮らないとダメって意識が根底にあって、ボクなんかほんとそうなんだからwww さもなければ、必要以上にエロく見せなきゃダメだなんて、勝手に思い込んで、ありえないようなセックスを考案して見せる。そのおかげで顔面シャワーなんてのが公然化したし、そそ、フェラチオなんて、かつてはSMかいと思えたのが、ごくポピュラーになったのは彼らの功績ですが。 話は横にそれたけど、それが男という哀しくもさびしい生き物ですよ。以前からずっと言ってるように、小説だって、たとえば赤坂真理とかね、ランディはいらんけど、赤裸々に「私」を描けるのは女でしかない、男は絶対無理でしょ。アラーキーったってね、やっぱりどこかテレがはいってしまってる。それを素に「私」を描き出せるのが女でね、それがセックス以外のパートでも「私」を描かれたら、男がナンボのもんやねんってことになるでしょね。 「女子カメラ」なんて雑誌が、根元まで銜え込んだフェラ写真だらけになるように、椿さんには頑張ってほしいなと陰ながら応援してます。
どうも最低の運期にはまってるのかもしらんな。というのは、iPodが逝かれちまったって。復元しても、そのあと言うこときかない。GRdigital、20Dフィルター、そしてiPod...と、重なるなぁ、ったく。
考えてみりゃ、この1年間、とてつもなく動いたのだから、いろんなことに疲れが出てきてるんじゃないか。それが、そいう機械モノに現れてるというのは、ひょっとするとラッキーなんかもしれない。
いつもあっちこっち歩き回ってから、2時半過ぎにご出勤。きょうも玉出、天神ノ森、天下茶屋と歩いて、聖天さんでたこ焼きを食って出勤だ。 ギャラリーに着いて、あっとΣ(・ω・ノ)ノ! キャシーが作業するためか、その前に来て帰ったんでしょ。気がついたのは、ほれ、壁の下に猫が背中向けて並んでる。その向こうには木彫りの猫がやっぱり背中向けてる。(あ、PASSIONのポスターはボクだけどね) こういう機知ってのか好きだなぁ★('-^v) それをこっそりやっちゃってるなんて、またまったキャシーには惚れ直しますってwww
Winners of the 2006 Angkor Photo Festival Flickr Contestこの光と色....なんかさぁ、真似できひん(; ゜×゜;) 緑の光に赤のアクセントなんてさぁ。そう選んだ、っていうか、そんなふうにしつえらえたんじゃないとこにすごさがあるよなぁ それとこの空気感 やっぱりセンチメンタルに走ってたらダメなんでしょね
冬になって着膨れか、いや去年の冬はそうでなかったから、肉ぶくれなのか、トートーが肩に掛けにくくなって、おまけに雨模様で傘までもって、ミナミをうろうろ。うざいなぁーと思うてたら、案の定、カマタケでうどん食って金払おうとしたときにカメラ落としてしまった。あちゃちゃぁ〜〜っって泣いても遅いのだ。割れたパーツのマニア〜、歌うてる場合か。派手な壊れに見えるけど、どうやらフィルターが割れただけみたいだから、でもなぁ〜〜(x_x)ゞ
今朝某所に行ったところ、いきなり紙を差し出して、「いま」と書いてくださいと言う。そしてつぎに「ふん」と書いてくださいと。あのさぁ、なんぼワープロの時代になっても、それはちゃんと書けまっせ。つまり「人」か「八」。じゃあって逆に「ひんすればどんする」って書いてみなと Googleで「ひんすればどんする」で検索かけたら
貧すれば鈍する
「貧しくなったら鈍くなる」のか。
貧すれば貪する
「貧しくなると貪る心が生まれてしまう」のじゃないのか?
「貪」、「瞋」、「癡」で三毒ね、なるほど
世の中には下半身人間の人魚なんて考える人間がいたとしても、それを実際に描いてみようなんてのは兎丸をおいていないだろう。
まったろーが六甲でバーをオープンするという。月曜に行くつもりだったのに、月曜は店に出てないと言うので、急きょ、夜の湾岸ひとり走ってお祝いに。学生さんのやることだから、そりゃいろいろあるんでしょうが、難しいことは言わずに、若いっていいなぁ。店の名前がモノクロだっていうので、モノクロのまったろーのライブ写真をプレゼントに。 でも夜中の湾岸は助手席におんなおいときたいです(苦笑)
別にこれといってないです(-。-;)
というかね、いい加減、途切れないかなと、連続して、もう7週間かな。撮れないと焦ったりもするけど、なんだかんだって撮れてしまうってほうが正解かも。きょうだって、なんか疲れてるのか、起きれなくて、やっと起きたら、すぐ出ないとダメだと思いつつ、歩いてたら、あぁこんなに光がたまってんだと思うと、あっ、これだ、これだって自分では納得してる。人はどう思うかはおいといてね。いや、人がどう思うとかは二の次で、まず自分で、そうなんだよって思えないと。だいたい撮れないときって、人の眼がまずだったからね。 あしたになると、また撮れるんだろかとけったいなプレッシャーかかって、撮れなきゃ撮れないでいいよって思うてんだけどね。でも撮る余裕がないより、なんだかんだで、どんなんであれ撮ることができてるというのはシアワセというものかもしれない。贅沢言うなよ>自分
昭和町からまっすぐギャラリーに向かわないで桃ケ池のほうを遠回りしてみる。もうずいぶん前(昭和30年代あるいはそれ以前)に区画整理されたのか、まっすぐな碁盤目になっているのに目を奪われていると、通りを車椅子を押して人が横切った。
って、何のことだか、さっぱりわからない。はたしてこんなこと勉強して何の役に立つ?
あ、フトンの洗い方、爪の切り方、そんなのばかり勉強する学校があればいいな。わたしの高校は数学なんかやらへんかったよ、って、あなた、それはあなたがしなかっただけです。
アホがアホを再生産する。そのようなシステムを公共の電波に乗せてたれ流す。ますますアホはアホにならざるをえない。帰りのクルマの中、あは、ボクが自転車でクルマをとりに走って、キャシーとクルマで帰るのです。そのクルマの中のFM、速攻で切ってしまいました。ほんとお寒いかぎり、哀しい、さびしくなる。
学校というところも最近アホを再生産しているみたいです。だから辞めたんだけどね。
《しゃべりたい背中》の初日。でもな、火曜日って、《猫》の間は誰一人、来なかったって。《香港/大阪》のときだって、あんまり来てないよなぁ(^。^;) つまり開店休業。先週なんか、勝手に予告なしに臨時休業したったし。あははは、別にいいんですけど(苦笑)
ところが、3時半ごろか、Emtake氏がぬっと顔を出す。「表、closedになってんで」と。あはっ、しまった、またやってしもた。open/closedの裏表つくったんはいいけど、開店のときにひっくり返すの忘れんのよねぇ、どうせ誰も来ないって、という考えがいけないな(^。^;)
さてEmtake氏と話してたら、1日に神戸であった大道のトークショーに行ったらしい。ホノルルと大阪は本気でやるらしいでと。まじかい、ホノルルはポシャったのかと思うてた。ホノルルってなんかむっちゃ難しそう。あ、でも、よく考えてみれば、あそこは日本か、だったら大道は撮れるだろうね。 それから何やら難しそうに、アラーキはエロスの向こうにタナトスを見据える、だけど大道は「シネ」とは言わないと。ん?「シネ」ってテレシネ? 何? って、聞き返したら、大道は「死ね」と言わないだろう、よぼよぼになろうが生きようよって写真撮るだろう。う〜〜ん、なるほどね。
てか、こないだから何度か、このEmtake氏と話していて、確実に写真が変ってきたなと思う。「生きようよ」って写真、光のかたまり....
そうこうしてたらユミコまで来て、まじに酔狂は心配だよ。